「和を以て貴しと為す」
誰もが知っているであろうこの言葉。
わかっているようで、本当のところはわかっておらずに使っているのではないか…と、思うことに出逢うことがあります。
「和を以て貴しと為す」は、言わずと知れた聖徳太子(厩戸皇子)が記された
十七条の憲法です。
「皇太子、親(みつか)ら肇(はし)めて憲(いつく)しき法十七条(とをちあまりななをち)を作(つく)りたまふ。一に曰く、
和(ヤハラキ)を以て貴しと為(し)」
この「皇太子」は、「厩豐聰爾皇子」こと厩戸皇子を指しています。
和(ヤハラキ)
以前の記事にも書きましたが、
和らぎを以て貴しと為し…とは、
『自らがしなやかに和ぎの心にて在ること』その心根の有り様(状態)にて、
互いの違いを受けとめ、意見の違いを受けとめ合った上で、そこに、さらなる善き案を見出していくことの大切さを、
説いたものと伺っております。
決して、自分の思いや意見を飲み込んで我慢し合い、相手を牽制し合うのでなく、時には、意見をぶつけ合いながら、その先に、さらなる高みを見つけ出していく…ということなのです。
ここで、大切なのは、意見をぶつけ合うのであって、相手を叩きのめしたり、
相手の意見を揶揄したり、批判したり、非難したりするのではありません。
また、意見を言っている相手の言葉を遮って、自分の意見を被せたりすることは、品位のない恥ずべき行為です。
(国会中継を見ていると、恥ずかしい議員さんたちがいっぱいいますね🥲)
『しなやかな心にて
すべてを見晴るかす
まなざしを持ちて生きよ
その自らに於いて
為すべきことを為すならば
事は真の道のりの流れに
自ずと乗りてあるだろう
和らぎの心以て
事にあたれば
すべて貴き神仏の
み教えに導かれ
この世の中に調和された
平和への道筋がみえてくるはずぞ』
厩戸皇子(諡号は聖徳太子)よりいただきました言の葉になります。
かれこれ20年も前にいただいた言の葉ですが、私にとっての大切な道しるべのご神言として、心の軸に置いてある言の葉にございます。
互いの違いを受け入れるとは、協調することであり、同調することではありません。
互いが違うからこそ、新たな気付きが生まれます。
そこに、新しい発見があり、新たな物事が生まれるのです。
違うからこそ、美しく。
違うからこそ、協働の愉しさが生まれます。
皆が、そのように思えていけば、互いの違いを批判したり、非難したり、争ったりすることもなくなるでしょう。
生前、厩戸皇子はそのような思いから、
和を以て貴しと為し…
という文言を唱えたと、伺いました。
みなさまにも、この大切な道しるべを共有させていただきますね。
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