ここ数日、今までの人生の総決算かのような
出来事が続いている。
とは言っても、これでお終いということでなく、
絡まっていた糸をほぐし、その存在に、新たな命を吹き込むかのようなお仕事?をさせていただいているような…そんな感じ。
事が整い、気が調うと、必ず、空が変わる。
そうやって、この目でも、誰にでも受け取れる形のサインを表してくださる。
神通力というものがあって、
「奇跡」のような出来事を起こせる力というものはあるけれど、
神々は、自然の摂理に反するような出来事を顕わすことはなさらない。
眉を顰めるような様や、あまりにも大袈裟な変化を見せるのは、大抵、高次の世界の存在ではないものの証。
なぜって、やってはならない禁忌の域に入っていることだから。
高次の神仏は、とにかく自然体だ。
目に見えない世界は、本来もっと自然だ。
言葉のない世界はもっと自由だ。
目に見えない世界を言葉にすることほど、
難しいことはないけれど、
それをあえて言葉にして伝えているのは、
感覚だけでなく、意識として、自覚できるように促す必要があるからだと、お伝えいただいたことがあるから。
言の葉と文字の中に宿る「気」を練り伝えることは、その言の葉と文字の「気」を受け取る者の「本来の思考する力」を目覚めさせ、「意識の覚醒へと繋がる本気」を甦らせることに繋がるのだ…そうだ。
『言葉を安易な手法として使ってはならぬ。
考えなくして使ってはならぬよ。』
そんな言霊をいただいたことがある。
改めて、自分に課していく必要のあることだろうと思い直す。
心を調え、気を引き締めて。
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特別な日の空(10/11)
お裾分け。