苦しみを引き寄せる意味

この世界に生まれたならば

苦しみを引き寄せるは

当たり前のことじゃけな

 

どれほどの苦しみを寄せて

どれだけ乗り越えてきたか

愚痴を言わんと

その苦しみに面と向かって向きおうて

その苦しみを昇華させるは

己という魂が選んだ道じゃ

 

この地球を生まれる場に選んだちゅうことは

誰しもそれが大前提よ

 

それを忘れて生きることも

定めとしてわかった上で

この世界に生まれることを

選びとったんじゃけ

苦しみがやってくるのは当たり前じゃ

 

あんたが選んだからやってきよる

その苦しみを引き寄せ

その苦しみを背負うて

どのように超えていくのか

それを己自身が試しとる

 

それをぐだぐだ言い続けて終わるんか

苦しみを手放して

真の気付きを得るのか

それこそが真の悟りっちゃうもんじゃ

 

誰かの言葉を聞いて

わかった気になったところで

それでは悟りには至らん

われわれからの言葉を聞いたとて

己の真に響かせねば

魂は目覚めはせんのさ

 

魂の経験のためにのみある生じゃ

なんのために生まれてきたか

それは己の魂のみが知っとる答えじゃ

 

苦しみを苦しみとして受けとらず

学びとして受けとめること

知りたいことを知るために

自らが引き寄せておることを知っておくこと

 

 

さりとて

その苦しみを学びとして受けとれず

最後まで愚痴ばかりの人生であったところで

別段地獄とやらに行くわけでなし

魂としての己が何と思うは

それまた己次第じゃ

 

………以下、長いので省略します。

 

 

紀(役小角)ご神託より

 

〜〜〜〜〜

 

最期の最期に

この生を生きたことに

感謝して終えられたか

未練を残して終えたのかで

その後の魂の軌跡に

大きな違いがあることを感じています。

 

私の母はとにかく心配性で

自分がステージⅣの胃癌と知った後でも

姉や私の体の心配や

孫たちの今後の心配をしていました。

体が弱いのに休む暇もない姉のことを

とにかく心配していて

「寝る時間もほとんどなくて

あんなにしてたら早く死んじゃう」と

いつも言っていました。

自分がいなくなったら

この家は大変になってしまうから

絶対に治すと意気込んでいたくらいです。

 

家族のために家事をして

子育て孫育てに明け暮れた人生でした。

 

父が大病をし、その時期を支えて一緒になったこともあり、母はずっと父のことを心配していました。

年の差が19歳もありましたから、

自分よりも早くに死んでしまうことを意識し、

余計に心配だったのでしょう。

姉(母にとっての長女)も子どもの頃から

体が弱かったので、心配は尽きなかったと思います。

常に心配を抱えて生きていたのだろうと思います。

 

けれど、最期の最後の頃は、

その心配を手放したようにみえたました。

どのように手放したのかはわかりませんが、

いつの頃からか何かが変わったように感じました。

痛みが酷く、モルヒネさえも効かず

痛みのコントロールが難しくて辛い思いもさせてしまいましたが、

「ありがとう」と言って、

みんなに見送られ旅立っていきました。

 

苦しみを引き受けて

最期の時を迎え旅立った母は

とても美しく87歳とは思えない程でした。

“みんなのおばあちゃん”ではなく

父がまだ生きていた時の

美しい“私たちのお母さん”として

人生を終えたのです。

 

 

49日の間は、時々、母を感じましたが、

その母からは心配という氣を感じませんでした。

穏やかで優しい声で「大丈夫よ」と

それだけ言っていました。

そういえば生前も

とんでもなく大変なことが起こると

「大丈夫」とよく言っていて、

心配性などどこへやら…

肝が据わったおっかさんに変身していました。

 

なるほど自分の本質に立ち還ると

人は強くなり優しくなり、

執着や未練をも自然に手放しているのだと…

はっきりと知ったように思います。

 

自分の執着を手放すと

己の本質が戻ってくるのでしょう。

 

亡くなった後の四十九日は

とても大事な時期なのだと思います。

 

次の記事へ続きます

 

 

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